2012年 05月 01日

ラマナと私

f0009868_13395039.jpg

ラマナに出会ったのは、昨年7月2日。
その日はブロッケン現象のような虹が出ていた。
イタリアのお土産を友達に渡すために、Kさんがボランティアをしているアンマのイベントに向かった。会場で、ランチがてらインド料理を一緒に食べた後、Kさんは仕事に戻り、私はヴィーガンチョコケーキを1人楽しんでいた。会場は、インドの聖女アンマのダルシャン(ハグ)待ちの人で溢れかえっていて、私はケーキを食べたら帰ろうと思っていた。

すると、アンマのディボーティの女性2人がやってきてテーブルをシェアすることに。その後、ドイツ人女性がやってきて、知らない者同士4人で何となく会話が始まった。話のネタに、「インドで一番どこがよかった?」と聞いてみたところ「Arunachalaが良かった!」という回答。続けてドイツ人のエレンも、行ったことは無いけどそこはすごい所だと聞いていると言うので、一応、その時に読んでいたサティシュ・クマールの本「君あり、故に我あり」の中表紙に書きとめておいた。(lazytownさん、本を奨めてくれてありがとう!すんごい良かった☆)

いろいろ話しているうちにどういうわけか、エレンの家に皆で泊りに行くことになってしまった。私は何とか断ろうとしたのだけど、運命共同体のような状況で断り切れず・・・。4人でチェルシーにある彼女のアパートに向かった。

彼女の部屋はファッション雑誌のようにおしゃれで、
壁には美しいモデルの写真がいくつも飾ってあった。
その中でも一際目立っていたのが、
痩せたアジア人のおじいちゃんの白黒写真・・・。
不思議に思ったけど、あえて何も聞かなかった。
棚に目をやると、ブッダとキリストの像が並んでいて、(こんな具合に
このセンスと宗教感を併せ持った人物に出会えたのは運命だと思った。

(写真はラマナ・アシュラムの宿の入り口)

「Raraはここで私と一緒に寝るけどいい?」f0009868_1461160.jpg
彼女は前世にフランスと日本に深い縁があったと言うだけあって、まさに和洋折衷な寝室で
部屋には畳があって(NYの人の家で初めて見た)、布団が敷いてあった。
女性とは言え、初めての人と同じ布団で寝るのは少し緊張したけど、
すごく疲れていたので、すぐに眠ってしまい不思議な夢をいくつも見た。

それから数日後、すっかりそのことも忘れて
また、聖フランシスや原始キリスト教と死海文書について夢中で調べていたところ、
偶然にも、エレンの家に飾ってあったのと同じおじいちゃんの白黒写真を見つけた。→→

そのおじいちゃんこそがラマナ・マハリシで、
Arunachalaはラマナが拠点にした聖なる山の名前だった。(町の名前だと思い込んでた)
ラマナのことをwikiでさらっと読んだだけだったけど、
アッシジの聖フランシスと重なる部分があったせいで、すぐにバーン!ときてしまった。

もっとラマナのことを知りたいと思っていると、
クリシュナムルティ・グループで知り合ったアメリカ人女性から
メールアドレスを聞かれて数日後に会うことになった。
喋っているうちに、なんと、彼女のお母さんがラマナ・アシュラムの近所に住んでるって言うじゃない!?

子供のころから彼女はお母さんから、聖フランシスやラマナ・マハリシ、ラーマ・クリシュナ、メーハー・ババ、
などのスピリチャル本を読まされていて、インドにも留学しサンスクリット語も分かるそう。
そのお母さんはラマナ好きが高じて、10年前にアメリカでのキャリアを捨てて移住してしまったと。。

本も何冊か貸してくれたんだけど、何せ分厚い英語の本。。
英語の勉強にと思って頑張ってみても、一向に読み進まない・・・。
日本語版があればなぁと思ってたら、Kさんから山尾三省訳の「ラマナ・マハリシの教え」を貸して頂いた。
この本がまたすごくすごく良くて、一気にラマナ・アシュラムに行ってみたくなってしまった。
f0009868_14343219.jpg
その後も、ラマナ・アシュラムから帰ってきたばかりの人とも3人出会い
現地のいろんな情報を教えて頂いた。ありがたや~~。

こう聞くと、ガンジス川と同じくらい超有名な観光地かと思いきや、
ラマナのアシュラムがあるのは、南インドのチェンナイ空港から車で4時間の所にある
ティルヴァンナマライという街で、ガイドブックにも載ってないマイナーな街だそうです。

あれよという間に、旅の情報が集まってしまい
あとはチケットとアシュラムの宿を押さえるだけになっていた。

杖とふんどしは持っていかなくても大丈夫・・・だよね?
[PR]

by rarara-121 | 2012-05-01 11:21 | インド


<< 君が今日インドに来ることもすで...      雨上がりの夜空 >>