2012年 05月 29日

ティルの風景-1

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さてさて、インド南部の田舎町ティルヴァンナマライの風景に戻ります。

インド滞在中のご飯はほとんどラマナ・アシュラムで済ませていたのですが、
ムージのサットサンに行く途中にあるカフェ(?!)のごはんも美味しいと聞いていたので寄ってみました。

バナナの葉っぱで葺いた屋根から朝日が籠れて、お母さんとおばあちゃんが作ってくれる
イダリーやヴァダ(豆とココナッツを油で揚げたコロッケ)などの朝ごはんたちが湯気をあげていた。

入り口で靴を脱いで席に着くと、子供が注文を聞いてくれて、チャイと朝食セットをお願いしました。
朝食はバッフェスタイルで、お皿にすきなだけ、イダリー(米粉を蒸かした肉まんの外みたいなパン)や
サンバール(少し辛い野菜煮込みスープ)や野菜の揚げ物類などが好きなだけ取ることができる。
美味しくてついおかわりしそうだけど、インド料理は後にドーンとくるので食べすぎ注意です。

↓ 昼寝中の犬。向こうに見えるのが噂のアルナチャラ山
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ムージのサットサンに行く途中は、牛や水汲みの女性が働く田舎の風景中に、
NYにいそうなオシャレなヨガウェアを着た西洋人が普通に歩いてるという
ちょっと不思議な光景が印象的でした。

ムージはジャマイカ人で英国に住んでる、人気のNon-dualityの先生。(こんなカンジ >> youtube
毎年1月にティルヴァンナマライでサットサンやサイレンスリトリートをしているそうで、
サットサンの会場に着くとすでに満員状態。8割がた西洋人ばかりで、
もう自分がインドにいるのかどうか分からない感じでした。

ちなみにサットサン(Satsang)とは、Satは真理(true)、
sangは共にするとか親交(company)という意味だそうで、真理との交流とか交わりという意味。

覚醒した人の講話や質疑応答をする集会だと思っていましたが、(それもそうなんですが)
それよりも、一緒の空間にいることで高次のエネルギーに触れることにより
会話中からの理解だけでなく、静寂の中から現れる真理と一体となることがメインポイントなのだと
何度かサットサンに参加した後に気づいた次第です。。。汗

NYでもたくさんのNon-duality先生のサットサンがほぼ毎日どこかで行われていますが、
本物のサットグルを見つけるのは至難の業で、出会えたらラッキー。
何をもって本物とするかは自分のハートに従うしかないでしょうけど、
自身の中にある師匠を見つけて常にともにあれれば、それが一番幸い。

私は、ゲバラ(聖者?!)→キューバ、聖フランシス→イタリア(アッシジ)、ラマナ→インド(ティル)と
既に肉体から去ってしまった人ばかりを追っかけていたので、
いつかサットグル(存命中の覚者)に出会えればいいなぁと思ってましたが、
この週末、NYで出会えたかもしれません。
それはまた後日に・・・


追記: アメリカ人の友達にムージ(Mooji)知ってる?って聞いたら
「知ってる。私大好き!よく買い物するよ!」って・・・???
Muji(無印良品)の写真が送られてきた。そんな彼女が大好きです。



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by rarara-121 | 2012-05-29 07:38 | インド


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