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2008年 11月 15日

何万光年先の話なのか...

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セントラルパークから見上げた夜空。
月と地球の距離は約38万キロメートルだそうです。
それとは全く関係ない話ですが(えーーっ!)、
ブログ友のmeixiさんの11/5の記事を読んで思い出したこと。

ゲバラがボリビアで殺されてから39年後の2006年、
ボリビア史上初の先住民出身の大統領エボ・モラレスが選出された。
それまでアメリカの言うなりになって(高利貸しの)IMFのおかげで苦境に立たされていた
国民が腐敗しきっていた政権に対しやっと立ち上がり、その先頭に立っていたのがモラレス氏だった。

その他、ブラジルのルーラ(Lula)、ベネズエラのチャベス(Chavez)、アルゼンチンのキルチネル(Kirchner)など
次々と左派政権が誕生しアメリカにべったり頼ることなく、自分達の力で歩きはじめている。

ゲバラの夢は21世紀に入ってからも次世代に受け継がれ、
カストロの屈強な態度が、その他の南米のモデルになった。

そして、マルコムXが暗殺されてから43年後、
キング牧師による I have a dreamの演説から45年、
「Change」のスローガンを掲げたオバマ政権が誕生した。

純粋な夢はいつか必ず叶うのだ。
これから先、ジョン・レノンのイマジンが叶う日が来るのだろうか。
40年足らずで実現するのか、何万光年先の話なのか。
今はまだ真っ暗で何も見えなくても、日々を闘い、祈り続けよう。
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by rarara-121 | 2008-11-15 07:55 | ゲバラ関連
2008年 06月 18日

20:18pm

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ん〜、何だかやっぱりカメラの調子が悪い気が...。また修理に出すのイヤだなぁ。
結構な出費になるから恐くて壊れてる気がしながらも撮り続けてマス。

最近ずっと、天気が良くなったかと思ったら豪雨になったり
不安定な天気でしたが、今日の夕方は風が冷たくて気持ちよかったので
思わず屋上に登って麦茶を飲みました。


あぁ、ゲバラの映画『Guerrilla』『The Argentine』公開が待ち遠しい!
『The Argentine』は、1956年のカストロとの出会いからキューバ革命までの話。
当時、アメリカの傀儡だったバティスタ政権を倒すべく、
10人乗りのボロいボートに80人近くの反乱軍が乗り込み、メキシコから
キューバに上陸するものの、たちまちヤラれてたったの12人に...。

ゲバラも含め誰もがもうダメだと思っていたが、カストロだけが
「まだ12人いる。これで我々は勝利したようなもんだ。バティスタも終ったな。」
と言い放ち、これにはさすがにゲバラも気が狂ったんじゃないかと呆れたらしい。
カストロは身長だけじゃなく肝っ玉もでかい男なんだね〜。

ちなみに、このボート(グランマ号)はハバナの革命博物館に展示してあり
まさに小さなレジャーボートで、ボロくて、弾痕が生々しいです。

『Guerrilla』は、革命後の1964年に国連総会でゲバラが演説するところから、
1967年10月9日にCIAによってボリビアで殺されるまでの話(享年39歳)。
ゲバラは捕らえられた後も命乞いをすることなく「撃て!この臆病者め!」と執行人に息巻いていたそうです。

監督はS・ソダーバーグ、ベニチオ・デル・トロがゲバラ役(この人しかいないよね)
カストロ役は、デミアン・ビチル(あ〜ね、言われてみれば似てるかも)
奥さん役は、カタリーナ・サンディーノ・モレノ(カワイ過ぎだから)

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ちょうど日本からNYに戻るのと入れ違いで、ゲバラの娘アレイダ・ゲバラさんが
来日することを大阪に行った時に知り、自分が行けないので非常に残念でした...。
その後、本屋さんでゲバラの2番目の奥さんアレイダ・マルチさん著の
「わが夫、チェ・ゲバラ 愛と革命の追憶」が出ていました。
まだ触りぐらいしか読んでませんが、リアルすぎて辛いです。

若い頃はカッコいいゲバラの生き様ばかり注目して、自称ゲバラーでした(今も?!)。
Tシャツこそ着ませんでしたが(気持ちは分かるけど認めません)
キューバに行ったり、ゲバラ関連の映画や本、写真集を集めたものです。
(3年ぶりに実家に帰ったら全て、倉庫の奥の方に押し込められていました...)

そして私も歳をとるにつれ、少しずつ奥さんの気持ちにフォーカスするようになり、
一応女性なので、こういう人を旦那さんにすると苦労が堪えないだろうと
思うようになったところに丁度この本と出会いました。

アレイダ・マルチさんも学生時代は地下組織で運動しており、
その後ゲバラと共にゲリラ活動にも参加していた革命戦士ではありますが、
やはり奥さんとなるとまた違ってくるわけで...
いろいろな葛藤や嫉妬、苦悩などがあったそうです。

しかしなぜ、仏陀もガンジーもゲバラも愛する家族を捨てて行ってしまったんだろう。
(家の父親は「面倒になったんじゃないかぁ?」という解答...いかがなものか)

ゲバラは家族を残してキューバを去る時に「あとはキューバが面倒を見てくれる」
というようなコトを言っていた。確かに、キューバは学費も医療費もタダ。
いやいや、そういうことじゃなくて...と思うのだが、
やはり二兎は追えないということか...。

※ちなみに、キューバはアフリカや南米諸国へも医療支援に行っています。
 なぜ、アフリカにお医者さんや看護士さんが少ないかというと、
 デキる人はみな先進国へ出稼ぎに行ってしまうのだそうです。

ボリビアでのゲリラ戦に向かう前、ゲバラはキューバに内緒で立ち寄り
家族には父親としてでなく変装して叔父さんだかという紹介で食事を共にした。
食事中のハプニングで娘は椅子から転げ落ち、ゲバラが慌てて娘を抱き上げた
その時、娘さんは「ママ〜、この人私に恋してる」と言ったそうで、
奥さんもバレるんじゃないかとヒヤッとしたのだそうです(涙)。

彼は度々、家を留守にすることが多かったそうですが
家族への手紙は欠かさず、奥さんの手記には未公開の手紙が公開されています。

こうして娘がちゃんとお父さんの意思を引き継ぎ、医者になりキューバ親善大使として
世界各地で平和に向けた活動しているのは、たとえ父親が側にいなくとも
その愛は確実に届いていたということなんだと。

【関連】クラシックイタリアン Bamonte's と ゲバラのちょっとイイ話


「世界のどこかである不正が誰かに対して犯されたならば、それがどんなものであれ、
それを心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。
それが一人の革命家のもっとも美しい資質なのだ。
さようなら、わが子たち、まだ私はお前たちに会いたいと思う。
しかし今はただ、バパのありったけのキスと抱擁を送る」
(子供に宛てたゲバラの手紙)

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by rarara-121 | 2008-06-18 11:35 | ゲバラ関連
2008年 02月 19日

フィデル・カストロ国家評議会議長 辞任

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民家のガレージに描かれていた
キューバ革命の盟友カミーロ・シエンフエゴス
(1999年12月撮影)



今朝、パソコン開いて一番に目に入ったニュース
「Fidel Castro retires as president of Cuba」
ブッシュは「アメリカはキューバ国民が自由の恩恵を受けられる手助けするよ〜」
って言ってるみたいですが、あの人に言われてもね....。

キューバ贔屓の私にとって、フィデルの引退はとても感慨深い出来事。
たった17名から始まった革命闘争、キューバ危機、
米国からの長年にわたる経済封鎖現、暗殺計画 などなど
平民の想像を絶する困難があった中で、今日までよく頑張ったと思います。(何様?)

確かに、経済的には未だ貧乏な国だけど、餓死とか、銃で撃ち合いとかないし
無理やり国民に崇拝させるような銅像やポスターも見かけなかったし(※)、
それに教育や医療のシステムも整っているから (ってか、タダ!)、
アメリカでイメージされるような悪い独裁者ではなかったと私は思う。
【参考サイト:カストロは独裁者か?

(※ちなみにテキサスの空港にはパパ・ブッシュの銅像があります。ジャケットが風にひるがえってました。)

貧乏に関しては国民が働かなさ過ぎなのも原因の一つに挙げられる。
99年にハバナで出会った実直なキューバ人は、真剣に国の将来を考えていて
「この国は大好きだけど、怠け者が多いから困る」とボヤいてた。
ゲバラが工業相だった頃、最もよく働いた者に褒美を与えるキャンペーンを企画して、
結果的に誰が一番サトウキビを収穫したかって、ゲバラ本人だったという話もあるくらい。
(「チェ・ゲバラ伝(三好徹 著)」に書かれてあったかな)

・・・話がゲバラにシフトすると、フィデル並みに長い演説になるのでこの辺で。

フィデル関連で「Oさんの初夢」の話を。
デザイン事務所の先輩Oさんから年明け早々のメールに、初夢の話がありました。
ちなみにOさんもバックパッカーの旅が好きで、私も影響をばっちり受けて
一人でおにぎり持って遠くまで出掛けたものです。貼り絵はしませんでしたが...。
以下は、Oさんのメールから抜粋。

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どこかを旅してて泊まったホテルをチェックアウトするのに
カストロのイラストを描かなきゃチェックアウトできないと言われ、描けないし、
気分転換に街を歩いてたら、公園でrararaさんに会って相談してる所で目が覚めた。
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Ask me, Ask me, Ask me, Ask me♪(song by. The smith)
早く聞いてくれれば、スムーズにチェックアウトできたのに〜(笑)。



f0009868_12442913.jpgキューバ国民でもない、ましてやNY(アメリカ)に居る私が言うのはいかがなものかと思いますが、とりあえず、カストロ議長お疲れさまでした。

キューバの未来はきっと大きく変わっていくのでしょうが、生半可なデモや革命運動ではなく、魂をすり減らすような闘争の日々から今日まで50年。投げ出すことなく、筋の通った政治を続けたことは素晴らしい誇りだと思います。

VIVA CUBA!



【参考:ニュースと言えばysbeeさんとこ
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by rarara-121 | 2008-02-19 03:14 | ゲバラ関連
2006年 02月 26日

チェっ! CHE! Revolution and Commerce

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"あのころ(1960年頃)世界で一番かっこいのがゲバラだった。" 〜ジョン・レノン〜

今日は、ICP(国際写真センター)で展示中だった「CHE! Revolution and Commerce」の最終日。
ゲバラーな私としては、どうかなぁ〜と当日ギリギリまで行こうかどうか悩んでいたが、
結局行ってみようと思い、冷たい風が吹く中42nd st.へ向かった。

結果、未公開の写真やエピソードが見つかるかもという淡い期待は見事に裏切られた。
ちゃんと調べていけばよかった・・・。

展示内容は、アルベルト・コルダが撮った世界で一番知られているゲバラの写真をベースに
ウォーホールを始めとするアーティストが手を加えた、ポップアートの展示だった。
あとマドンナのジャケとか...。
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アートという切り口は面白いと思うけど、ICPで展示するのはどうだろう・・・。

どのグラフィックアートも陳腐に見えてしまったのは、ICPで展示したからだとも思う。
(マーティン・パーなどの写真類はわりと良かったけど少なかった...)
ICPは1974年に、“Magnum photo”創設者であるロバート・キャパの弟コーネル・キャパ
創設したのだからと、ちょっと期待してただけに残念。

・・・というのは私ごときの批評ですが、
この展示に、肩透かしをくらった人は多かったのではないだろうか。


話は少し反れますが、私たちがこうして暖かい部屋でアイスクリームを食べながら、
遠く離れた国の出来事を知ることができるのも、ジャーナリストのおかげなのだと
ゲバラの本を読み終わるころに思いはじめていた。

時に写真、時に文章で綴られる世界の裏の裏で起っている出来事。
それを伝えてくれる職業に興味を持った頃、マグナムの存在を知り憧れたものです。

一枚の写真が後世にも様々なカタチで影響力を持つというのはスゴイなぁと思ったと同時に、
被写体であるゲバラ自身は、独り歩きする影響力に戸惑っているのではないだろうか...

ゲバラのちょっとイイ話はこちら
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by rarara-121 | 2006-02-26 11:35 | ゲバラ関連
2006年 02月 16日

クラシックイタリアン Bamonte's と ゲバラのちょっとイイ話

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ブルックリンのロリマーにある、100年の歴史を持つ老舗イタリア料理店。
なにせ100年ですから、内装などに伝統が感じられてゴージャスに見えますが、
お客さんは年配の方や近所の人たちといった面々でとてもラフな雰囲気。

値段もリーズナブルな上にボリューム満点!高級イタリアン食堂とでも言えばいいのでしょうか。
壁には、1900年からの味を守る一家の写真が飾られていました。

f0009868_10321221.jpgお勧めは、アペタイザーにmussles marina、メインは pork chops with sweet vinegar peppers(中華で言う酢豚だね)とあったので早速注文してみた。

アペタイザーなのにこの量!食べても食べても減りません...。味はベーシックなトマトソースで煮込んであって、おいすぃ。豚もこんな分厚い豚の料理は見たことがないし、Homemade Razaniaも異常な大きさで、見るだけでお腹いっぱいです。これぞクラシックイタリアンなのか。

味もやはり100年間変わってないのでしょうか、マンハッタンにあるファンシーなイタリアンとは違って、無骨な美味しさでした。


で、今日はゲバラファンにはたまらない貴重な情報を入手しましたよ!!

(ゲバラって??という方はコチラ

隣の席にいた、素敵なご夫婦。
いろいろ話をしていくうちに、彼女はキューバ出身であることが分かり私はたまらず、1999年にゲバラの本を読みあさり、その冬にキューバへ行ったことを話した。

すると彼女はゲバラに会ったことあるというじゃないですかっっっ!!!!

キューバでの大学時代、彼女が通う大学にゲバラが講演に訪れた時に見たのだそうです。
“彼(ゲバラ)は身長はあまり高くなかったけど、とてもハンサムだった。”
そして講演が終わった後、ゲバラはみんなに囲まれて彼女も近くまで行った時、
ゲバラに足を踏まれたそうで、気がついたゲバラはしきりに謝ってくれたそうです。

驚いたのは、それから6ヶ月後のこと・・・

ゲバラはその大学を再度訪れた際、開口一番「僕に足踏まれた人は大丈夫かな?」と聞いたのだそう。
これには彼女もさすがに驚いて、今でも心に残っているというお話。

そういう男なんです。ゲバラって人は・・・。だから皆に愛されたのだと思います。
こうして、遠く離れた東洋人の心までも捕らえてしまうのですから。

それから彼女は政治の見えない糸に操られ、18歳の時にボートでアメリカに渡ったまま現在に至り、キューバに住む母親には未だ会えないのだそうです。

隣に優しく座っていた旦那さんは、アイリッシュの2世。
若かかりし頃は軍人としてシベリアや横浜、神戸、韓国などに行ったそうで、
その頃の記憶は今もなお鮮明に残っているということでしたが、すかさず奥さんは
「でも、隣の人の名前は覚えられないんだけどね」と厳しいツッコミ。
おじさんも、「そうなんだよ、50年前のことは思い出せても昨日のことは思い出せないんだ」と・・・。

歴史あるレストランと、人生の荒波を乗り越えた夫婦漫才がとても微笑ましい夜だった。


そして店を出た後、私たちは近くのライブバー「Pete's Candy Store」へ。

f0009868_8341552.jpgこの晩のライブはフリーだったからかたくさんの若者で溢れてて(ライブスペース狭すぎ!)、さっきのレストランとは正反対すぎる状況がおかしかった。

The Autumn Defenceは、ByrdsとかThe Thornsみたいな、男のアコースティックハーモニー系(なんじゃそりゃ)。
ぜひ、忘れてなかったからこの秋に聞きたい1枚です。
photo: 奥のモジャモジャの男の人がフロントマン。




f0009868_8345918.jpgBamonte's
32 Withers St. (bet. Lorimer St. & Union Ave.)
(718) 384-8831

Pete's Candy Store
709 Lorimer St. (bet. Frost st. & Richardson st.)
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by rarara-121 | 2006-02-16 08:30 | ゲバラ関連